オーストラリアでの事業開始ガイド
オーストラリアで自営業や事業を始める際に必要な事業形態の比較、ABN/GST登録、税務・会計、保険・ライセンス、既存事業買収のデューデリジェンス・チェックリストを、外国人定住者の視点でまとめました。
1. 事業形態
事業構造の選択は税金、責任範囲、登録費用に大きな影響を与えます。開始段階で慎重に決めましょう。
個人事業。登録・運営が最も簡単で費用が低いが、事業負債が個人資産に及ぶ。
2人以上の共同事業。パートナーシップ契約書が必要で、パートナー間で連帯責任を負う。
ASICに登録された別法人。資産保護が可能だが、登録費と法人税申告義務が発生する。
信託構造。家族事業や資産保護目的で利用。設立と運営に専門家の助言が必須。
4つの事業形態の比較表
| 項目 | Sole Trader | Partnership | Company (Pty Ltd) | Trust |
|---|---|---|---|---|
| 設立費用 | ABN申請は無料 | ABN無料 + パートナーシップ契約書の作成費用 | ASIC会社登録料 $636 (FY2026-27) | 信託証書(trust deed)の作成 — 専門家費用が必要 |
| 責任範囲 |
2. 事業登録
ABN、Business Name、GST、TFNなどの登録を順に進めます。多くは政府公式サイトで無料または低料金で可能です。
ABN(Australian Business Number)
11桁の事業者識別番号。abr.business.gov.auで無料で申請でき、実際に事業を営んでいる(carrying on an enterprise)場合にのみ取得できます。ほぼすべてのオーストラリア事業活動の出発点で、ABNなしではインボイスにGSTを請求できません。
Business Name登録
本人名以外の屋号で営業する場合、ASICへのBusiness Name(事業名)登録が義務です。1年$47、3年$108(FY2026-27 — ASICの手数料は毎年7月1日にCPIに連動して改定されます)。事業名はABNと連動します。出典: ASIC事業名手数料告示(2026-07確認)
GST(Goods and Services Tax)
年間売上(GST turnover)がAUD 75,000以上(非営利団体は150,000)になると、閾値到達後21日以内の登録が義務です。タクシー・ライドシェアの運転は売上に関係なく初回運行前に登録が必要です。登録後は四半期または月次でBAS申告義務が発生します。出典: ATO「Registering for GST」(2026-07確認)
事業者TFN
Sole Traderは個人TFNをそのまま使用しますが、Partnership、Company、Trustは別途事業者TFNが必要です。ABN申請時に一緒に申請可能。
3. 税務・会計
帳簿管理
正確な帳簿管理は事業運営の基本です。以下の会計ソフトがオーストラリアで最も広く使われています。
- Xero — クラウドベース、オーストラリア市場シェア1位、BAS自動生成対応
- MYOB — オーストラリア国内発の会計ソフト、デスクトップとクラウド両方を提供
- QuickBooks Online — グローバルシェアが高く、UIが直感的
BAS(Business Activity Statement)
GST登録者は四半期または月次のBAS申告が義務。売上GST、仕入GST、PAYG源泉税などを含みます。期限超過はATOから罰金が課されます。
従業員スーパーアニュエーション義務
従業員を雇用すると、通常時間給与(ordinary time earnings)の12%(2025年7月1日から、FY2025-26)を従業員が指定したスーパーファンドに拠出する必要があります。四半期ごとの締切があり、未納・遅延にはSuper Guarantee Chargeが課されます。出典: ATO(2026-07確認)
PAYG(Pay As You Go)
4. 保険・ライセンス
主要な事業保険
- Public Liability(PL) — 一般賠償責任保険、ほぼすべての事業に推奨
- Professional Indemnity(PI) — コンサルティング・専門職事業に必須
- Workers Compensation — 従業員1人以上で州別に義務付けられる保険
- Property・Stock — 店舗・在庫を持つ場合の火災・盗難補償
業界ライセンス
事業種類ごとにライセンスが必要です。例えば食品(Food Licence)、建設(Builder Licence)、美容(Skin Penetration)、酒類(Liquor Licence)などは州政府への登録が義務です。business.gov.auで業種別の要件を確認してください。
5. 既存事業の買収(Buying a Business)
すでに営業中の事業を買収すれば、顧客・売上・従業員・設備が揃った状態でスタートできますが、隠れた負債・過大評価された営業権(goodwill)・リース紛争も一緒に引き継ぐおそれがあります。カフェ・レストラン・清掃・小売店などの小規模事業の買収では、デューデリジェンス(due diligence)が成否を分けます。以下のチェックリストは、business.gov.auの公式ガイド「Buy an existing business」に基づいてまとめました(2026-07確認)。
デューデリジェンス(Due Diligence)チェックリスト
- 財務の検証 — 直近3年分の財務諸表・BAS申告記録・売上記録を相互に照合し、会計士による独立したレビューを受けてください。現金売上の比率が高い業種ほど、「帳簿外の売上がある」という主張を根拠なく信じてはいけません。
- ABN・GSTの状態 — ABN Lookup(abr.business.gov.au、無料)で売主のABNが有効かどうかとGST登録状況を確認してください。
- 担保権の検索 — PPSR(ppsr.gov.au)で1回の検索につき$2で、設備・車両・在庫に担保権(security interest)が登録されていないか確認してください(2026-07確認)。担保が設定された資産は、売主の借金ごと引き継がれるおそれがあります。
- ライセンス・許可 — 事業に必要なライセンスが有効か、新しい所有者に譲渡できるかを確認してください(ABLISで業種・地域別に検索できます)。
- 契約関係 — リース・仕入先契約・フランチャイズ契約など残存契約の譲渡条件と残存期間を確認してください。
- 負債・紛争 — 未払いの負債、進行中の訴訟、未消化の年次休暇など従業員への未払い債務がないか確認してください。
- 売上の集中度 — 売上が少数の顧客や売主個人の人間関係・技能に依存している場合、引き継ぎ後の顧客離れリスクが大きくなります。
出典: business.gov.au「Buy an existing business」(2026-07確認)
契約時の確認事項
- 買収の範囲 — 資産買収(asset sale)なのか会社株式の買収(share sale)なのかを明確にしてください。株式買収では、会社の隠れた負債や税務履歴までそのまま承継します。
- 価格の配分 — 売買価格を営業権(goodwill)・在庫・設備にどう配分するかは、州の印紙税と将来の税務(減価償却・キャピタルゲイン税)に影響します。
- 競業避止(restraint of trade) — 売主が近隣で同業の店を再び開けないよう、期間と地域を契約書に明記してください。
- 引き継ぎ条件 — 試運転期間、売主による研修・サポート、主要な仕入先・顧客の紹介を条件に盛り込みましょう。
- GSTの取扱い — 「継続企業(going concern)」の要件を満たし書面で合意すれば、売買価格にGSTはかかりません(ATO GSTR 2002/5、2026-07確認)。契約書のGST条項を必ず確認し、署名前に弁護士・会計士のレビューを受けてください。
リースの譲渡(Assignment of Lease)
店舗リースは事業買収で最も紛争が起きやすい領域です。既存リースを引き継ぐには、家主の書面による同意が必要です。
- NSW州の小売リースにはRetail Leases Act 1994が適用されます — 家主は必要な情報をすべて受け取った日から28日以内に譲渡同意の可否を回答しなければなりません(2026-07確認。他の州・準州には別の法律が適用されます)。
- 家主は同意そのものに手数料を課すことはできず、合理的な法務実費のみ請求できます。権利金名目のkey-moneyの要求は禁止されています。
- NSW州では、譲渡人が譲渡の7日前までにAssignor's Disclosure Statement(譲渡人開示書)を家主と譲受人に提供すれば、譲渡後のリース責任から免責されます(Retail Leases Act 1994 s41A) — 売る側も買う側もこの書類を必ず確保してください。
- 残存リース期間と更新オプションは事業価値に直結します。残り期間が短い場合は、買収前に家主と再契約条件を確認しましょう。
出典: NSW Small Business Commissioner「Transferring your lease」(2026-07確認)
ビジネス応用ガイド — 登録・GST/BAS・雇用・税金・ライセンス・ビザの実務
事業者登録はスタート地点にすぎず、本当の管理はその後から始まります。Director ID・事業構造の選択、GST/BASの申告方法、2026年7月から変わる従業員のスーパー(Payday Super)、税金の控除、業種別ライセンス、ビザごとの事業可否まで、移民の方がよくつまずくポイントを整理しました。税率・手数料・締切は毎年、手続きは州(state)やビザによって変わるため、ABR・ATO・ASIC・Fair Work・州政府などの公式機関で最終確認されることをおすすめします。
登録・事業構造の応用 — Director ID・ABNの資格・構造の変更
Director IDの取得は必須(取締役識別番号、Director Identification Number)
会社(Pty Ltd)の取締役になるには、就任前にDirector IDを無料で取得しておく必要があります。ABRS(Australian Business Registry Services)でmyIDアプリから申請し、15桁の生涯番号が発行され、たいてい15分ほどで完了します。2022年4月5日以降に新たに取締役となる人は必ず就任前に取得しなければならず、未取得はCorporations Act違反として最大5,000 penalty unitsの民事罰金(現行のpenalty unit基準で約165万ドル)と刑事制裁の対象になります。オーストラリア国外に住む取締役はアプリではなく書面(paper)申請の手続きを別途踏む必要があるので、時間に余裕を持ってください。
ABNは自動ではない — 資格と職権による取消(ABN entitlement & cancellation)
ABNは申請書を出せば発行される番号ではなく、実際に事業(enterprise)を営んでいて初めて資格が生じるもので、趣味(hobby)や一回限りの活動は対象外です。ATOは売上・BAS・所得の申告が継続してない休眠ABNを職権で取り消すため、いったん休んで再開する際には再有効化(reactivation)が必要になることがあります。Uberや配達のようなギグワークも、労務を提供して対価を受け取るならABNが必要です。事業をたたむ場合は資格のないABNを放置せず、ABRで取消の届出をしましょう。
ACNとABNの違い(ACN vs ABN)
会社を設立するとまずASICから9桁のACN(Australian Company Number、会社登録番号)を受け取り、そのACNに2桁の検証番号を加えた11桁のABNが発行されます。Sole TraderとPartnershipはACNなしでABNのみを使います。会社はインボイスや公式書類にACN(またはABN)を表示する義務がありますが、個人事業者はその義務が異なるため、事業形態によって書類に記載すべき番号が変わります。取引相手が正当な事業者かどうかは、abr.business.gov.auのABN Lookupで確認できます。
事業構造は税率・資産保護を基準に(structure by tax & asset protection)
Sole Traderの事業所得は個人の限界税率(Medicare込みで最高47%)で課税されますが、会社(base rate entity)は25%の定率です。ただし会社の利益を個人が使おうと配当で引き出せば再び課税され、会社のお金を私的に借りればDiv 7A貸付規定に引っかかるので、25%だけを見て決めてはいけません。Trustは受益者に所得を分配して税負担を分けられるため家族経営に使われますが、設立・運営が複雑で費用もかかります。単純だからではなく、予想される利益規模、個人資産の保護、承継計画を基準に決め、会計士に相談しましょう。